牛丼屋のバイトの面接(漫画 第8話)

アルバイトの面接
店長のタケダです
アルバイトの経験はありますか?
体験入店しませんか?

目次(小説)

  1. 牛丼屋のアルバイトの申し込み方
  2. 牛丼屋のアルバイトの面接を受けて見た
  3. 牛丼屋のアルバイトに採用された

牛丼屋のアルバイトの申し込み方

「ついにこの日がきてしまった」

学友の好屋に誘われ、週の半分以上は通うようになっていた牛丼屋『牛屋』。見慣れたはずの店先の看板だが、今日はいささか重圧を感じるのは気のせいではないだろう。そう。今日足を踏み入れるのは、この自動ドアの向こうの客席ではなく、その裏の階段から上って二階にある事務所。俺はこの牛丼屋のアルバイトの面接を受けに来たのだ。

三日前ー

「なあ、今日も牛屋に牛丼食べに行かない?」

午前中の最後の講義『簿記原理』を受講したあと、当然のように俺のノートを書き写している好屋が提案してきた。「簿記」とは、所謂企業の会計職が経費やら利益やらを計算するための知識である。俺が通う丑球磨経済大学は、こういった企業に就職した時の「経営」「会計」といったような、専門知識を主に学ぶ大学だ。因みにこの授業も一年の必須科目である。先日、去年の取得した単位数を聞いたところ、彼は得意げに8単位と答えた。俺はこの日から心の中でコイツのことを『エイトマン』と呼ぶことにした。

授業の同じ日のお昼、または夕方はこのエイトマンと牛屋に牛丼を食べに行くのが日課になっていた。ただ、今日は少しだけ目的が違っていた。いつものように牛屋に着き、食券を手渡したあと、俺は店内を見まわした。

「あ・・・あった。」

店内のいたる所に貼られた期間限定やおすすめメニューのポスターの中から、俺は『アルバイト募集』のポスターをみつけた。みつけたのはいいが、ポスターの真下で食べていたスキンヘッドのいかついおじさんと目が合い、思わず目をそらした。もう一度ポスターを確認しようと目を向けると、先程のおじさんが頬を赤らめてこっちを見つめていた。

違う。俺が見たいのは貴方じゃない。

そう。俺は数日前から、この牛屋でアルバイトをしようと考えていた。だが、今まで一人で勉強ばかりしてきた自分は、どうやったらアルバイトが出来るのかといったことすら知らない常識のない人間なのである。

結局、求人の内容を確認することができず、俺と好屋は店を後にした。帰り道、恥をしのんで好屋にどうやったらアルバイトが出来るか相談してみた。

案の定、彼は鳩が豆鉄砲をくらったような顔でこちらを見ていた。ああ、そうだよ。俺は一般常識のない宇宙人だよ。馬鹿にしてきたら、今度は直にエイトマンと言い返してやる、と身構えていたが、好屋なぜか安堵したような笑顔をこちらに向けた。

「アルバイトのやり方は、いろいろあるよ。ホームページに求人がのってて、そこから申し込む方法もあるし。でも、もう働きたい店が決まってるなら、直接電話したほうがスムーズに話は進と思うよ」

いたってまともなアドバイスだった。俺は少しこいつのことを誤解していたらしい。

「バイト決まったら、全力でからかいに行くからね!」

前言撤回。やはりこいつはエイトマンだ。自宅に戻り、俺はさっそく牛屋ウシハマ店の電話番号を検索した。この番号をタップすれば、当然店の電話につながる。

アルバイトを申し込む決意はできている。緊張で躊躇している指に気合いを入れてタップした。電話でのアルバイトの申込はすんなり進んだ。日時は今週の土曜日の午前9時。持ち物は履歴書。場所はウシハマ店二階の事務所。当日は書類審査と、簡単な面接を行う。

「ありがとうございます。当日はよろしくおねがいしマッシュー」

そして最後に噛んだー・・・・

牛丼屋のアルバイトの面接を受けて見た

面接当日をむかえ、事務所の前に立った。いつもくぐる店の扉と違い、重く如何にも事務所といった無機質の扉。インターホンのない扉を軽く二回叩き、勢いよくドアを空けた。

「先日アルバイトの件でお電話しました、松野です。よろしくお願いします」

扉の向こうには、見慣れない長髪のシルエットの男性が立っていた。

いや、いつもの宇宙人顔の店長だ。いつもの店長がスーツを着て、何故か後髪だけ長髪になって仁王立ちしていた。

「髪長っ!!」

思わず声に出た。

しかし、俺の驚きをよそに淡々と事は進行していった。

「店長のタケダです。本日はアルバイトのご応募ありがとうございます」

渦中の人は普段の店内の接客と同じように、丁寧な対応で俺をむかえてくれた。そうだ、見た目のインパクトは関係ない。俺は改めてこの店にアルバイトに来た理由を思い出し、これから始まるであろう面接のために気持ちを切り替えた。

面接は事務所中央のテーブル席で行われた。氏名、年齢、学歴の確認から、バイト歴、採用された時の希望勤務日数など、質問に対して淡々と応えていく。

「筋トレは好きですか?」

そしてこの唐突のぶっこみである。冗談なのか?それともこれが採用の決め手となる重要なファクターなのか。スーツがはち切れんばかりに、パンパンに鍛えられた店長の胸筋を見る限り、彼の趣味であることは明確だ。

「大好きです」

「採用!松野さん、これからよろしくお願いします」

俺の牛丼屋でのアルバイトはあっさり決まった。

牛丼屋のアルバイトに採用された

「ときに松野さん、今日はこれからご予定などありますか?」

思いがけない質問に対し、特に何も考えていない俺は素直にいいえと応えてしまった。

「それじゃあ、今から体験入店しましょう!もちろん時給も発生しますよ」

しまった。これは予想していなかった。正直、頭の中は面接のことで頭がいっぱいで、まさか今日からアルバイトを始めるとは思っていなかった。正直なところ、もう少し客として店を訪れ、仕事の流れを観察してから始めるつもりだった。まだ心の準備ができておらず、正直なところ断りたかったが、ここで入店を拒否するのは心象に悪いと思い、流されるまま制服を受取、更衣室へむかった。

わたされた制服は、オレンジのシャツ・ベージュのスラッグ・赤の帽子とエプロン。シャツの色は違うが、いつも遠くでみてきた店長と同じ姿。

俺が思い描いていた理想の姿。

「ええい!ここでひよってたまるか!」

俺はひよる自分を押し込み、牛屋の制服に袖を通した。

©武誰応志 / USHIYA
オリジナルWeb漫画『牛屋の店長!』