牛丼屋の深夜の清掃業務(漫画 第22話)

いらっしゃいませ!
清掃始めます!
飯盛り機は分解して掃除
夜勤の人がしっかり掃除

目次(小説)

  1. 牛丼屋の夜の時間帯はビールやお酒の注文が多い
  2. 接客者は食器・グラスの汚れを細目にチェックしよう
  3. 牛丼屋の調理器具は深夜に掃除している

牛丼屋の夜の時間帯はビールやお酒の注文が多い

吉の声だった。

俺と話していた時は地声のようだったが、働くときは一つ高い営業ボイスを使っているのか?そこには目を疑う光景が広がっていた。陰でコソコソどころか、最前線でテキパキと接客をしている吉の姿があった。

「ビールおかわり!あと追加注文いい?」

よく見ると、テーブルの上にビール瓶が置いてあるお客様がちらほらいた。牛丼の肉煮だけの『牛皿』をつまみに、お酒を頼んでいる人も多かった。牛皿以外にも冷ややっこや焼肉の単品など、意外と牛丼屋にはおさけのつまみになるメニューが多い。牛丼屋は夜になると飲み屋のような店になるのかもしれない。

酔っぱらって命令口調のお客様にも、嫌な顔ひとつせずビールの栓を抜き、笑顔で対応している。だが、ビールとグラスを提供する前に、お客様の前で一瞬眉毛をひそめた。

接客者は食器・グラスの汚れを細目にチェックしよう

「申し訳ありません。グラスにくもりがありますので、新しいものとお取替えしますね」

ひそめた眉をへの字に替え、申し訳なさそうな笑顔で、新しいグラスを取りに厨房に帰っていった。アイツのせいではない。グラスをしまったのは、間違いなく前のシフトにいた俺だ。だが自分のミスであるかのように、丁寧にお客様に謝罪し、また厨房に戻っていった。

お冷に使うグラスや、お茶を提供する時の湯呑茶碗をチェックしているようだった。きっと俺が綺麗な状態でしまっていれば、やらなくてもいい仕事のはずだ。

俺は監視ではない、違う目的で彼の動きに目が離せなくなった。お客様が汚してしまったテーブルやカウンターセットも、退席された後すぐにふき取りもとの綺麗な状態にしている。

決してお客様が少ないわけではない。補充作業をしている時も、常に客席に目を配り、お客様の対応を最優先して動いている結果、店が最適な状態で回っているのだ。

吉の動きを見ながら、自分のこれまでの仕事を思い出してみる。自分がいつも見ているのは時計だった。時間内に補充をすませる。時間内に食器を洗い終える。それゆえ、ドレッシングを持った時にお客様がどんな嫌な気持ちになるか、汚れたお盆で食事を出されどんな不快な気持ちになるかまで想像できなかった。

彼の動きと自分の動きを比較している内にだいぶ時間がかったのか、すぐ後ろにあるはずの駅から電車が通過する音が聞こえなくなり、店内はがらんとしていた。いつの間にか、終電がおわる時間まで店の外で佇んでしまっていた。

牛丼屋の調理器具は深夜に掃除している

「店長!お客様全員帰られたみたいなので、そろそろ清掃業務始めます!」

道路を走る自動車もまばらになり、静まりかえった店前に吉の活舌の良い声が響いた。『清掃業務』は初めて聞く仕事だ。どんな仕事をしているのか気になって身体を乗り出すが、見つかりそうになり、首を出しては引っ込めての亀のような行動を繰り返し、彼の行動に目をやった。吉は付近や洗剤の入った清掃用具を持ち出し、厨房に入っていった。

調理場の主な清掃業務

飯盛り機の清掃

まず彼が手をつけたのは、ご飯を自動でもってくれる飯盛り機の清掃だ。手際よく蓋や内部の部品を分解し、食器と同じように洗浄していく。内部は濡れタオルや専用の洗剤で汚れを落としたあと、乾いたタオルで拭きよく乾燥させたあと再度組み立てる。

肉煮鍋の清掃

牛丼の具が入っている鍋は、具材が残っている時は全て取り除き、タレはこし布で不純物を取り除き、
新しい替えの鍋にうつす。まっさらな状態で24時間一定の温度で熱し続けることで、タレの品質を維持しているようだ。そして使い終わった巨大な鍋は洗い場で丁寧に手洗いし、次の鍋交換時に備えておく。

鉄板(グリドル)の掃除

焼肉定食などで使う巨大な鉄板の掃除は、まずスクレーパーで焦げなどを綺麗に落とす。専用の洗剤をしいたあと、鉄板用ブラシで済み済みまで磨く。磨いたあと、汚れカスなどがたまった側溝も洗剤で綺麗に清掃する。

他、巨大な冷蔵庫の中も食材をどかしながら、綺麗にふいていった。

全ての調理器具の用事がおわったあと、デッキブラシとバケツを用意して床磨きを始めた。これを怠ると空気中の油分が床にこびりつき、滑り止めのある厨房用の靴でも滑って転倒してしまうらしい。

厨房がおわったら、次は客席の掃除をはじめた。テーブル、カウンターセット、床、壁、窓、ポスター、お客様の視界にはいる全ての物を自分の目でチェックしながら拭き掃除をおこなっていく。

照明を替えたわけではないのに、彼が掃除をしおわった店内は数時間前より、ひと際明るくなったのを感じた。後輩のはずの彼の行動に、俺は心底嫉妬していた。

「店長、一通り清掃業務おわったので、先に休憩入ってください。自分、深夜の仕事慣れてるんで長めにとって大丈夫ですよ。ぶっ通しで働いてるようですので、仮眠とっていただください」

そして、この気配りである。厨房の奥で楽しそうに店長と談笑しているのを見て、俺があの中に入る資格があるのかと自問自答した。先程までの怒りはいつの間にか消え、彼の注意を自分の実力のなさにかまけて、出来ないことの自己肯定をしていたことが情けなくなった。

きっと、彼も俺と同じく自分を変えたくて牛屋に働こうとしたのだろう。仕事をこなすことで成長していたと自惚れていた自分が恥ずかしくなってきた。

「ダメだな。結局俺は何も変われていないじゃないか・・・」

着替えをすませ、帰り際道を挟んで見た店舗は、ひと際遠くにあるようにみえた。

©武誰応志 / USHIYA
オリジナルWeb漫画『牛屋の店長!』