牛丼屋の禁止事項を知ろう(漫画 第24話)

給料の三倍
接客のいろは
店長のタケダです
牛丼を楽しみにしているお客様
乱闘騒ぎで営業停止

目次(小説)

  1. 牛丼屋の店内は禁煙です
  2. 牛丼屋に食べにくる人への偏見はお止めください
  3. 牛丼屋で大騒ぎすることはお止めください

牛丼屋の店内は禁煙です

深夜2時15分。

俺はウシハマ駅の構内を通過し、南口にある牛屋の前に戻ってきた。この時間帯のウシハマ駅付近は、人気がなく静まり返っている。時々通る車の音が、初めて牛屋に来た時のトラックを思い出しゾクっとした。蕎麦屋にいた時から感じていた予感に拍車がかかる。

「うん、まあほんのちょっとのぞくだけ・・・」

怪しい連中が牛屋に向かったとはいえ、何も起きずただ食事をして帰るだけかもしれない。ヒロシなんて名前もどこにでもある名前だし、バイトのあいつとは関係ないかもしれない。俺は先程と全く同じポジションから、再度店内を覗き見た。

普段通りのようので異様な風景。無数の店長の残像が店内を右往左往している。『無数の店長』というのがそもそも異様なはずなのだが、問題はそこではない。店にいるお客様が誰も食事をしていない。どの店長も商品を手に持ってお客様の前まで行っては、厨房に踵返ししているのである。

そんな渦中の中心で、先ほど駅前であった金髪の男と吉がカンターテーブルを挟んで対峙していた。俺は気づかれないよう、身をかがめて二人の会話が聞こえるよう聞き耳をたてた。

「前の給料の三倍出す。戻ってこいヒロシ。お前に牛丼屋なんて相応しくない。また一緒にあの煌びやかな世界で働こうぜ」

そう言うと、胸ポケットから何か取り出し口にしているようだった。おそらく電子タバコだ。当然ながら店内での喫煙は禁止だ。その行為だけでも、この男の素性が伺える。こんなヤツと一緒に働いていたアイツは、やはりロクな男ではなかったー・・・はずだった。

「申し訳ありません。源さんにはとても世話になりましたし、感謝しています。でも自分は今、お金のために牛屋で働いているわけじゃない。店長に惚れ込んだから、この店で働いているんです」

男の手にしたタバコを回収し、吉は金髪男の申し出を拒絶した。何だー・・・やっぱり俺と同じじゃないかー・・・。彼の言葉に共感を覚えた俺とは真逆に、金髪の男は身を震わせ怒りを露わにした。

「テメエの意見なんざ聞いてねえんだよ!」

目の前のカンターセットをぶちまけ、彼の怒号が店の外まで響き渡った。

牛丼屋に食べにくる人への偏見はお止めください

「穏便に済ませてやろうと思ったが気が変わった。俺様よりここの店長を選ぶっていうなら、品定めさせてもらおうじゃないか?おい!そこのキノコ!お前が店長か?」

男は席を立ち、お冷を配っているマッシュに声をかけた。明らかに店長を挑発している行為だ。

「はい!私が店長のマッシュです」

「違います」

タテダ店長の声と俺の心の声がシンクロした。

「店長のタケダです。この度はご来店いただき誠にありがとうございます」

接客中の残像を全て消し、金髪男の前で店長は真摯に対応したがー

「はっはっは!ヒロシが惚れ込んだって言うからどんなヤツか期待したが、とんだキモ男じゃないか!」

このあまりにも酷い返しである。確かに初対面の時の俺も、その姿に面食らったが、人の容姿を揶揄するのは最低な行為だ。そして目の前の暴漢は、更に驚く発言をした。

「一億やるから、この汚ねえ店から出ていけ」

一億?一億円ってことか?額が大きすぎてよくわからないが、もしかしたら一生遊んで暮らせる額じゃないのか?ホストってそんなに儲かるのか?疑問は次々にわいてくるのだが男は話をつづけた。

「ヒロシは俺が経営しているホストクラブのナンバー2だ。コイツについてや客は大物政治家の正妻や、
芸能界で指折りの女優ばかりだった。一日に云百万・云千万落とす客だ。でも、ヒロシが辞めた途端パタンと来なくなっちまった。それじゃ困るんだよ。俺がこの世界でもっと地位を高めるため、もっと稼いでもらわないとな!」

ホストの稼ぎにも驚いたが、吉がナンバー2だった過去にも驚いた。道理で接客の目張り気配りが卓越しているわけだ。

「それに比べてどうだ?この店は?ここに来る客は1回に千円払うかどうかの貧乏人ばかりだろ?お前がもらえる給料だってたかが知れてる。お前は大金てにしたらトンズラすればいい。ヒロシは牛丼屋を諦めて俺の家に戻る。お前はこの金で一生楽して暮らす。悪い話じゃないだろ」

男の暴言は止まらない。他にも牛丼は美味くないやら犬の餌やら、罵詈雑言は果てしなく続いた。自分が馬鹿にされたわけではないが、流石に俺も怒りがこみ上げてきた。

牛丼屋で大騒ぎすることはお止めください

一億円をもらって退職するー。普通の人間なら、喜んで受ける条件かもしれない。ただ、ここの牛屋の店長は普通の人間ではない。

「私のことは何と言おうがかまいませんー・・・ですが、牛丼を楽しみに足しげくご来店くださるお客様の侮辱ー・・・そして吉さんが毎日綺麗にしてくれているこの店への暴言ー・・・何より彼を金儲けのようにあつかう発言ー・・・断じて許しません」

そう。牛屋のタケダ店長はお金で心が動く人間じゃない。牛丼屋の仕事に信念を持ち、お客様の笑顔のために全身洗礼をもって対応する。それが、俺たちが尊敬するタケダ店長ー・・・・なのだが、ちょっと様子がおかしい。

なんかちょっと一回り体が大きい・・・。ただでさえマッチョの彼の体は、更に膨張しエプロンはいまにもはち切れんばかりにピチピチに伸ばされている。そして後ろにはマッチョなマッシュ『無菌』が10体程も現れ、指をならしているー・・・表情はいつものニコニコスマイルだが、身体の隅々から怒りのオーラが視認できるほど。

今にも一発触発ー・・・しまった!狙いは『コレ』か?待ってましたと言わんばかりに金髪の男は右手を上げ、店内のホスト達に指示をだした!

「馬鹿め!かかったな!ここで乱闘騒ぎが起きれば、この店は営業停止決定だ!お前ら存分に暴れてやれ!」

こいつらの目的はこの店を潰すこと。こちらに非がなかったとしても、乱闘騒ぎになったという噂が広がればお客様の足は遠のき、遅かれ早かれこの店は閉店することになる。SNSが普及している今、不祥事による情報の拡散は一瞬だろう。

「店長!罠だ!挑発にのってはダメです!」

吉の悲痛な叫びもむなしく、黒服集団とマッチョエプロン男たちの合戦は、今まさに始まろうとしていた。

©武誰応志 / USHIYA
オリジナルWeb漫画『牛屋の店長!』