牛丼屋の更衣室事情を知る(漫画 第14話)

食器も片付けておきますね
更衣室近すぎない?
スポーティな私服
スクール代稼ぐためにバイト

目次(小説)

  1. 牛丼屋のシフト表の書き方
  2. 牛丼屋の更衣室事情を知る
  3. 牛丼屋で学費を稼ぐために働く

牛丼屋のシフト表の書き方

「それでは、私は店舗に戻りますね」

昼食の後、シフト表の提出や働く上での注意点の話がおわると、店長はエプロンを着直し、午後の仕事の準備を始めた。店長も杉さんも事務所にいるのに、いったい誰が店舗を回しているんだ?といった疑問があったが、そんな些細なことよりも、俺は肝心なことを言うタイミングと心の準備でいっぱいで、それどころではなかった。

「て・店長!」

準備が整い、事務所を出ようと背を向けた店長を呼び止めた。

「今日は失敗ばかりしてすみませんでした!」

本当にその通りだと思う。もし俺が店長だったら、こんなヤツ雇いたくない。でもー

「早く仕事覚えて、皆の足を引っ張らないよう頑張ります!これからも、よろしくお願いします!」

別にお金が稼ぎたいわけではない。ただ、ようやくつかみかけた『目標』を、失いたくなかった。店長は必死過ぎる俺の姿を見て、引くわけでもなく、呆れるわけでもなく、ただニッコリとほほ笑んでサムアップした。

「こちらこそ!期待していますよ」

きっとお世辞だと思う。でもその言葉は、今の俺にはとてもうれしかった。

シフト希望表を書き終え、言われていた提出場所のラックにしまった。牛屋のシフトは『〇月1日~15日』『〇月16日~30日』といったように、二週間ごとに細かく決める。各個人にシフト希望表が配られ、シフトが可能な日に丸と出勤可能時間を書く。ちなみに俺の希望はこのような時間帯だ。

月・火 17:00~21:00

木・土 8:00~17:00

大学の講義の少ない月曜日と火曜日は夕方から、講義がない木曜日と土曜日は丸一日働く予定だ。大学を続けるかどうか迷っているが、在学中はまじめに全講義に出席するつもりだ。

余談だが好屋は木曜日を除く全ての日程で、1~2科目講義が被っている。

彼と同学年になる日は近いかもしれない。

牛丼屋の更衣室事情を知る

一通り事務所を見渡し、着替えの制服の保管場所や、クリーニングに出すカゴの場所などを確認したあと、制服から着替えるために更衣室のドアのぶに手をかけた。

「私も着替えよ~と。あ、こっち女子更衣室だから間違えないようにね。」

ふいに隣から杉さんの声が聞こえてフリーズする。杉さんが入ろうとした部屋は、俺が入ろうとした更衣室のすぐ隣。ドア自体は3メートル程離れているが、部屋の中は外窓から内側に広がっているので、区切りになっている壁はそれほど厚くはない。もしかしたら、着替えている時の音が聞こえー・・・

「お・・・俺、着替えるまで外に出てます!」

妄想が暴発する前に、俺は事務所の外の階段の踊り場まで逃げ出してしまった。外に出てもまだ動悸・息切れが激しく続いている。初めての牛丼屋でのアルバイトで緊張していてそれどころではなかったが、実は女性と会話するのもかなり久しぶりだったのを思い出す。今度は別の意味で緊張してきてしまった。

「俺、やっていけるかな・・・」

仕事とは別次元の不安を感じつつも、頭の中は杉さんの私服姿の妄想でいっぱいだった。

松野謙信 20歳。彼女いない歴20年。女友達なし。思春期延長中。

牛丼屋で学費を稼ぐために働く

「もういいよ~。ってか外まで出てたの?超ウケるんだけど。松野くんウブすぎ~(笑)」

着替えを終えた杉さんの声が、ドアの向こうから聞こえた。扉の向こうには、先ほどまでとはうってかわった、上下ブラックのジャージを着たスポーティな装いの杉さんが立っていた。アクセントカラーのピンクがとても可愛らしい。でもなぜゆえにジャージ?

「おまたせ~」

すぐ隣から予想だにしていなかったバリトンボイスの方に目を向けると、そこにはタンクトップに
黒メガネをしたビー〇ボーイズを彷彿させるような姿のキノコがモデル立ちしていた。お前も着替えるのかよ。正直、キノコが着替える理由の方が気になるのだが、深堀するのは危険な気がしたので、より健全的な杉さんの装いについて質問することにした。

「ああ、この格好?実は私ダンサー目指しててさ。今日はそのスクールの日だから、二回着替えるのも面倒だからここで着替えちゃったんだ♪」

なるほど。ダンス!聞くところによると、子供の頃から始めているらしく、その筋では有名なグループに所属しているとか。特に疑ったつもりはなかったのだけど、俺が呆けていたせいか、彼女は証拠を見せると言い出し、片手で逆立ちをして絶妙なバランスでポーズを決めた。何て技か知らないけど、倒立すらまともに出来ない自分にとって、片手で自体重を支えることの凄さがわかった。

ただ、俺としては逆立ちをした拍子に見えてしまった、彼女のおへそのほうが凄かった。だめだ。頭がどんどんおかしな方向に進んでしまう。

「そう言えば、杉さんはどうして牛屋でバイトしてるんですか?もしかして、自分でスクール代を稼ぐためとか?」

自分の頭が暴走する前に、とっさに話を切り替えた。

「そうだねー。親の反対押し切って上京してきたからね。前は居酒屋とかかけもちして働いてたけど、今は牛屋一本かな?」

高校生の頃からコツコツと貯金していて、上京資金も自分で用意したとか。食事はなるべく牛屋で済まして、普段から節約して生活費を切り詰めているらしい。学費から家賃まで親に払ってもらっている自分としては、耳が痛い話だった。

「いつかプロのダンサーになって、世界中飛び回るのが夢なんだ♪夢があれば、どんなつらくても頑張れるじゃん!あ、コンテスト近づくと遠征とかあるから、長期的にシフトに穴あけちゃうけどゴメンね」

プロのダンサーがどんな仕事でどんな楽しみがあるのかわからないが、自分の夢を語る杉さんはとても輝いていた。

少し前に夢を捨てた俺にとっては、まぶしすぎて直視できないほどに。

©武誰応志 / USHIYA
オリジナルWeb漫画『牛屋の店長!』