牛丼屋で注文を間違えないコツ(漫画 第18話)

いらっしゃいませ
領収書記入時のボールペン
食券にメモを残す
従食で牛丼特盛

目次(小説)

牛丼屋で言う前・中・後とは?

7月某日 昼ピーク30分前ー。

梅雨が明け、季節は夏へと移り替わろうとしていた。

「今日も昼ピークの『前』お願いします!」

牛丼屋のアルバイトで『前』とは接客を意味する。『中』は洗い場と接客・調理のフォロー、『後』は調理のこと。ちなみに俺はいつも昼ピークで『中』に戻されるが、店長と杉さんは仕事が完璧なので、一度もフォローしたことはない。

二人からしてみれば、途中で配置交代されてペースを崩されるよりは始めから洗い場で大人しくしていてくれたほうが有難いのだろう。現に杉さんは「またか」というようなゲンナリした顔をしている。昔から『空気が読めない人』と陰で言われているのを知っている。空気は読んでいる、奇異の目で見られているのもわかる。でも負けず嫌いの俺は、わかっているけど止められない。

「もちろん。頑張ってくださいね」

店長は変わらずの満面の笑顔だが、心の中では良くは思っていないのかもしれない。だが、了承は得た。時計の時刻は12時をまわり、自動ドアから夏の眩しい光と、Yシャツ姿のサラリーマンが一気に押し寄せてくる。いつもなら「やり切れるか?」と不安で押しつぶされそうな瞬間だが、今日は違う。用意した秘策が通用するか否か・・・今はその武者震いにも似た高揚感が勝っていた。

牛丼屋で混雑時の接客でオーダーを間違えないコツ

「ご来店ありがとうございます!いらっしゃいませ!こんにちは!」

マニュアルだとお客様が一人でも席についたら、真っ先にオーダーに向かう。しかし、ウシハマ店の場合、オーダーを取っている間に背後の席に座られると、次に対応すべきお客様の順番がわからない。ここで、順番を間違えてしまうと「自分のほうが先に座ったのに」と軽いトラブルに発展する。なので、二・三人席に着き始め、尚且つ次の人の足取りを確認してから、オーダーを取りに行く。

「牛丼の並盛ですね!ありがとうございます」「牛丼の大盛ツユダクありがとうございます」

・・・・・・

「少々お待ちください。後ほどお伺いいたします」

6名分の食券を預かったあと、いったん俺は厨房に戻りメニューを復習すると同時に、回収した半券にメモをかき込んだ。

「B1、C3、C2、D4、A3、A2と」

『中』で洗い物待ちをしている店長が不思議そうにその行動を伺っていた。

秘策第一:食券にメモを取る

牛屋は基本券売機によるオーダーなので、レジ打ちは使わないが、買い間違いや、領収書の発行時などの時に厨房奥のPOSレジを使う。領収書の発行時には、宛名を書かなくてはいけないので、唯一ボールペンだけは厨房への持ち込みを許可されている。合わせて半券はこちらの確認用に回収しているだけなので、手を加えることに制限はない。

数字の前のアルファベットは席の位置を表している。最初は席の端から順に番号をふっていたが、ウシハマ店は席が多いため、数が大きくなりすぎて確認に時間がかかってしまい、効率的ではなかった。なので、窓側の席をA、中央のU字型のテーブルをB、C、D、奥のテーブル席をDにわけ、手前の方から順に番号をつけることにした。

これによって、数字は大きくても5までになり、記憶力に自信がない俺にでも、注文に戻ったあとでも忘れずメモを取ることができる。そして、これを左から順にオーダーを取った順に並べることで、商品提供の順序を間違えることはない。

これは、先日行った『立ち食い蕎麦』の注文システムを参考にしている。その店では、セルフでのオーダーになるのだが、食券を買ったら、カウンターテーブルに用意されている、左から順に数字が書かれたマスの上に、食券をお客様が置いていくシステムになっている。

接客者は厨房から用意された蕎麦を受け取り、食券の内容をみて、天ぷらやネギなどのトッピングをして、商品を提供する。その際に、提供した商品の食券は回収して、全ての食券を左にスライドさせて、オーダーの順序を管理していた。

そう、ここ数日従食を食べず好屋と夜の街を徘徊していたのは、他の飲食店のオーダーを研究するためだった。幸い、牛屋は半月ごとにバイト代が口座に振り込まれるため、今までの仕送りギリギリの生活と違い、いくらか軍資金には余裕があった。立ち食い蕎麦以外ににも、定食屋、ラーメン、カレー等々、特に食券を扱っている店舗を中心に食べ歩きをしていた。

一人でじろじろ従業員の動きを見ているのも怪しまれそうだったので、好屋が一緒に行ってくれたのはとてもありがたかった。この作戦が、うまくいった暁には牛丼の特盛をご馳走しよう。

「お先に牛丼並盛二丁!大盛三丁!出ます!松野君お願いします!」

自分が回想にふけっている間もなく、計5つの牛丼の準備がされる。牛丼が出来上がるのは恐ろしく早い。普通ならばここでお盆に味噌汁を用意し、順に牛丼をのせて配膳するのだが、ここでもう一度客席の方に目を向ける。すでに店内は満席となり、席に座れない人がちらほら出始めていたので、ここで『秘策二』を実行する。

「現在、店内満席となっております!恐れ入りますが、窓側の通路を先頭にお並びください。お席が空き次第、順にお呼びいたします」

店内が聞きなれない聞きなれないアナウンスで一瞬静まり返る。厨房の杉さんと店長もざわついている。マッシュに限っては頭から小マッシュが生えている。これはクエスチョンを意味しているのだろうか?

しまった、流石にこれはせめて店長には、前もって伝えておくべきだったか。急いで一人目の牛丼を提供をしたあと、カウンター越しに並ぶ位置を指定して、空席待ちの列を誘導した。

秘策第二:空席待ちを一列にして、順に席に移動させる

今までウシハマ店では、空席が出来次第、待ているお客様が次から次へと交代している状態だった。そのため、食べ終わったお客様の食器を回収する前に、新しいお客様が座ってしまうことが度々あり、その都度「まだオーダーしてない!」とお怒りの言葉をいただいていた。店長のように複数の分身で対応するか、杉さんのような驚異的な直観力があれば、そのようなトラブルは発生しないのかもしれないが、凡人の俺には到底真似できない。

そこで、参考にさせてもらったのが、行列のできるラーメン屋の待ち方だ。このラーメン屋は食券に並ぶ列と、店の外で注文を待つ列の二つに分けられている。席が空くと、店の方から案内があり、注文待ちの列の先頭から店の中に入っていく。

流石にこの炎天下の中、いきなり外に待たせるのは忍びないので、店の中で一番広い通路を注文待ちの列に使った。そうこうしている間に、一人・二人と食事を済ませるお客様が出てきたので、すかさず下げ善に向かいテーブルを綺麗にしたあと、次のお客様を呼ぶ。

「お先お待ちの一名様、こちらの席へどうぞ!」

厨房に戻る前に、カウンター裏の棚にお盆を置きオーダーを受け取る。厨房に戻る際に、二名分の下げ膳を行い、また半券にメモをとる。店長程ではないが、今の所滞りなく店内は回りはじめていた。

どんなに忙しくても笑顔の接客をしよう

15分経過。まだ一人もオーダーミスはない。

5回・10回とこの動作を続ける内に、だんだん脳と身体に疲れが蓄積してくるが、もうそこは気力でカバー。店内を見渡し、お客様の食べるスピード、席を離れる瞬間を予測して、1分先の最善の行動をイメージする。

30分・・・45分・・・

「おい!新人の兄ちゃん!」

残り15分というところで、下げ膳の最中に中年の男性に呼び止められた。ここにきてオーダーミスか?途端に緊張の糸がきれかける。まあ、今までの最長記録かと気持ちを切り替えようとすると

「いつの間にそんなに動けるようになったの?すごいじゃん!その調子で頑張りなよ!」

思いがけない言葉が耳に届いた。自分の記憶が確かなら、この人は毎回俺の接客が遅くていつも怒鳴っていた常連の人だ。俺は、思わず涙しそうなのを、精一杯の笑顔で我慢して、今日一番の声をあげた。

「ありがとうございました!またご利用くださいませ!」

そのお客様が「ごちそうさま」と席を離れたとき、再度自動ドアの向こうから眩しい夏の光が店内を照らした。お客様は黙々と食事をしているが、誰も笑顔で食べているように見えた。心なしかそれまでより「ごちそうさまでした」の声が大きく聞こえるようになった気がした。

現在PM1:30ー

サラリーマンの休憩時間もおわり、店内のお客様もまばらになってきた。

「お疲れ様です。お昼休憩回してください」

後ろから店長から声をかけられて、ようやく意識していた緊張状態が溶けていく。特に特別な言葉はかけられなかったが、満面の笑み(いつも)でガッツポーズをしていてくれたのが、何よりもうれしかった。

「従食お願いします!特盛プラス生卵で!」

俺は、一人プチ打ち上げということで、久々に牛丼の特盛の従食を杉さんに注文し、事務所へと向かった。きっと、今日の牛丼は牛丼屋のアルバイトを始めてから一番美味しく感じるかもしれない。

「松野さんー。あなたを採用して本当によかった」

後ろで店長が何かつぶやいたような気がしたが、目の前の牛丼のことで頭がいっぱいの俺の耳には届いていなかった。

©武誰応志 / USHIYA
オリジナルWeb漫画『牛屋の店長!』