牛丼屋の牛丼を作る模擬練習(漫画 第26話)

店内キマリ
諦めるもんか!
牛丼の並盛お待たせいたしました
美しい牛丼
牛丼作りの模擬練習

目次(小説)

  1. 「店内キマリ」は全てのオーダーが完了したときの掛け声
  2. 牛丼の提供スピードは1分以内も可能
  3. 牛丼の肉盛り練習は自宅でもできる

「店内キマリ」は全てのオーダーが完了したときの掛け声

「店内キマリです!」

客席側にいる店長からガッツポーズと共に合図があった。『店内キマリ』は全ての商品が提供し終わった状態の時に接客者が厨房に伝える掛け声だ。

タイムリミットまで0分30秒

提供時間は2分30秒。不可能と思われていた30数人のオーダーが客席に提供された。さぞ悔しそうな表情を浮かべるかと思いきや、熱々の美味そうな牛丼を目の前にした彼らは不思議と優しそうな笑顔をみせていた。

ただ一人を除いて。

「お~い!ここにまだオーダーとってない食券があるぞ♪」

白服のホストが不敵な笑顔で、『牛丼並盛』食券をの高々と上げていた。逆の手ではしっかりとスマホを持ちこちらを撮影している。完全にこちらの作戦はバレていたようだ。

牛丼の提供スピードは1分以内も可能

タイムリミットまで0分20秒

高速で頭の中をフル回転させる。すでに店長は厨房に戻り始めているが、戻るのに5秒、飯盛り機にご飯を盛るのに5秒、肉煮を盛るのに5秒、配膳するのに5秒。その間、サービスの味噌汁を用意したり、お盆の用意を同時に行ったりしても数秒足りない。

たが、最初の『戻る:5秒』がなければ、必要最低時間15秒+αでも間に合う。俺は並盛用の丼ぶりと味噌汁用のお椀を、それぞれ飯盛り機・味噌汁サーバーにセットしてボタンを押した。それぞれ容器に満たされるまでの間に、肉煮鍋から浮いた余分な脂をすくって、肉盛りの準備をする。

左手で丼ぶりを飯盛り機の台から取り出し、肉煮が均一に盛り付けられるよう軽くご飯の頭をしゃもじでなす。右手をレードル(お玉)に持ち替え、鍋の中で3回まわし集まった肉煮を丼ぶりに盛り付ける。出来上がりと同時に、味噌汁サーバーのある一つ手前のカウンターテーブルに移動し、牛丼と味噌汁をのせる。

急いでいても走るのは厳禁だ。万が一滑ってお客様に味噌汁をかけてしまったりしたら大惨事だ。急ぐのと慌てるのは違う。忙しい時こそ、冷静に出来ることを丁寧にすれば、ミスも起きず結果最善・最速につながる。店長が一番最初に洗い場でテンパっていた俺に教えてくれたことだ。

「牛丼の並盛、お待たせいたしました」

タイムリミットまで0分1秒を残して、牛丼をカウンターテーブル中央に座る男に提供した。約束の時間内に用意できたことで、ここで大手をきって喜ばれるはずだが、店長はいつもの固定された笑顔でこちらを不安そうに見つめていた。

それもそのはずだ。ここ牛丼屋ではアルバイト開始時に、ここにスキルノートを配布される。そこには『接客ができる』『カウンターセットの準備ができる』など、店内の仕事のチェック項目が書かれていて店長がその仕事を習得したと判断した時に、その項目にチェックを入れていく。

俺のスキルシートの『牛丼が作れる』には、まだチェックは入れられていないのだ。以前、店長が言っていた『牛丼を作る事は、牛屋の看板を背負っている事』云々の言葉を思い出す。不出来な牛丼は即クレーム案件だ。だがー・・・

「チクショウ・・・美味そうじゃねえかー・・・」

男の口から洩れた言葉は、最上級の誉め言葉だった。そう。俺が提供した牛丼は肉も玉葱の量も最適で、会心の出来の美しい牛丼だったー・・・と思う。

「GENGOROUさん!すみません!我慢の限界です!」

「俺もっす!この甘しょっぱい香り!最強のメシテロっすよ」

「牛丼いっただーきまーす!」

店内の男たちが、我先にと一斉に目の前に出された料理をほおばり始めた。つい先ほどまで乱闘騒ぎを起こそうとギラギラしていたのが嘘かのように、店内は笑顔で溢れていた。心なしか、首謀者であるはずの白服の男も、苦笑いとも失笑ともいえない、穏やかな笑顔で牛丼を食べていた。

牛屋ウシハマ店に平和が訪れた。メデタシメデタシ。

「松野さん。ちょっとお話いいですか?」

・・・ーとはいかないのだ。

牛丼の肉盛り練習は自宅でもできる

店長がいつもの笑顔で厨房に戻ってきた。その固定された表情が、平常運転のものか憤怒しているものか、今回は正直わからない。憤怒しているとしたら、心当たりはある。先程説明したとおり、俺は牛丼作りはまだ未習得である。

緊急事態とは言え、許可の得ていない技術で商品を提供するのは、決して許されることではいー・・・のかもしれない。俺は眉毛をこれでもかというくらいハの字に曲げて、顔の表情から全体で反省の意を表現すべく謝罪の構えをとった。

「美しく完璧な牛丼でした。実践になってしまいましたが、肉盛り技術は合格とさせていただきます。でもいつの間に習得をされたのですか?」

店長のいつもの穏やかな口調でようやく緊張の糸がきれ、今にも腰が抜けそうになった。予想とは反し今回の暴挙はおとがめなしのようだ。とは言え、俺も不出来な牛丼のまま出そうななどとは微塵も思っていなかった。

遡る事一カ月前ー・・・

牛丼の肉盛りは毎日続けていた。自分の従食の時は、もちろんカレーが食べたい日でも練習のため牛丼にした。それでも、1日にできるのは規則上2回が限界だ。どんなことでも人より覚えるのが遅いことは自覚している。仮にみんなが10回で牛丼をつくれるようになったとするなら、俺は100回はやらないと習得できない。店長や杉さんのつくる姿をまねて、シャドウ肉盛りも繰り返したが、それでも上達することはなかった。

季節は夏から秋へと変わり始めた頃、バイトがおわって自宅でシャワーを浴びようと思ったのだが、その日は特に寒く、湯冷めする恐れがあったので、浴槽を洗ってお湯につかろうと試みた。ユニットバスにお湯をためるのは初めてだったので、湯加減の調整が難しく、熱くしすぎては水をいれてさまして、ぬるくなりすぎてはまた熱いお湯を入れてーを繰り返していた。

その間ぐるぐる浴槽の中をかき交ぜていると不思議な既視感におそわれた。浴槽で渦巻いているお湯の動きが、肉鍋に見えてきたのである。完璧な職業病である。四六時中、牛丼のことを考えている自分に心配しつつも、あることを試してみたい衝動にかられた。

俺は風呂に入って温まるという本来の目的を忘れ、チェストの中から手ごろなハンカチを取り出し、浴槽に浮かべた。更に台所から先日100均一ショップで買ったお玉を持ち出して、浴槽の中のハンカチの下あたりをクルクルかき混ぜてみた。

思ったとおりである。最初はお湯の流れにそって浮かんでいたハンカチだが、お玉を回転させることでその新たに作り出された渦にそって形をかえ、渦の中心に集まってくる。それを何度か繰り返すと、今度は渦が弱まった瞬間にハンカチが広がり、お玉全体を覆うような円形になる。そう、これは肉鍋の中の具材と同じ動きをしていたのである。

この日以降、俺は毎日風呂にお湯をためては、ハンカチを浮かべ、肉盛りの疑似練習を行うことにしたのである。お玉に集めるのが出来るようになったら、今度はその形を維持したまま、丼ぶりに滑らして落とす練習を。気が付くと浴槽のお湯は冷めており、その月の水道代とガス代はとんでもないことになってしまったが・・・

昨夜ようやくハンカチでの模擬練習が完璧になり、夕方の従食の時に試そうとしたところ、吉の登場によりお預けとなってしまい、ぶっつけ本番で牛丼をつくる事態になったいうわけだ。興奮が続いていたせいか、かなり長々としゃべってしまったが、店長はそんな俺を真っすぐな瞳で(点だけど)頷きながら最後まで耳を傾けてくれた。

「私も負けていられませんね」

その時はボソっとつぶやいたその言葉に、あんな深い意味が込められているとは思いもよらなかった。

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©武誰応志 / USHIYA
オリジナルWeb漫画『牛屋の店長!』