牛丼屋の人手不足の原因を検証(漫画 第17話)

丑球磨大学テニスコート
何年も牛屋で働けば店長みたいに
定食やみたいに伝票
従食食べて行かないの?

目次(小説)

牛丼屋の仕事は長年の経験が必要?

丑球磨大学テニスコートー。

ラケットから弾かれる爽快な音がキャンパス内に響き渡る。今日は午前中は大学の講義に出席し、夕方から牛丼屋のアルバイトに行く日である。一限目の講義は『体育』。卓球、サッカー、バドミントン等々、複数スポーツはあるものの抽選になっているので、種目は自分では選べない。

まあ、サッカーなんて人数がそろわなければ、ただボールを蹴っておわりなわけで、当然の対策かもしれない。そんな俺が引いたスポーツは硬式テニスー・・・よりにもよってだ。テニスは中学時代、かなりやりこんでいたが、とある理由で今はもうやっていない。思い出したくないので、頭の奥隅に沈めている。

「キャー!ケイ君かっこいー!!がんばってー!」

自分には向けていられない黄色い声援で我に返る。気が付けば割といいスピードと角度で、ボールが目の前まで飛んできていた。俺はボールの弾む位置と高さを予想して、一歩足を下げて上がりきる前のボールを高い打点から叩きつけた。

対戦相手に向けられていた黄色い声援は、一気にブーイングへと変わってしまった。一度でいいから俺も黄色い声援を浴びてみたいものだ。それにしても、ラケットを握ったのも数年ぶりだというのに、流れるようにボールを打てた自分に驚いた。これが『身体が覚えている』というやつか。

ふいに、先日目の当たりにした、牛丼屋の店長の分身のような接客を思い出した。俺も何年も牛丼屋で働けば、あのような超人的な動きが出来るのであろうか?

ー・・・いや、無理だ。

今更、アスリートのようなトレーニングをつんでもあの動きはできない。なら、これから自分がやるべきことはー・・・

「松野くん!あぶない!ボールいったー・・・」

突如、好屋の叫び声が耳に入ったと同時に、俺の大事な所に向けて強烈なサーブが入った。痛みのせいか目の前が真っ白になりながらも、駆け付けた好屋にかかえられながら、コートの隅に移動した。

それにしても、またコイツと同じ授業?体育って一年の必修ー・・・とお決まりのツッコミを我慢し
丁度、牛丼屋のアルバイトのことで話したいとあったので、好屋に頼みごとをすることにした。

「俺と付き合ってくれ」

途端、生まれて初めての黄色い声援が浴びせられた。

牛丼屋の接客は回せないと交代させられる?

牛丼屋アルバイト一ヶ月後ー。

「いらっしゃいませ!こんに・・・」

「注文まだかよ!」「こっちお冷切れてんだけど!」「あと何分待てば牛丼来るんだよ!」

現在、お昼の12時を15分ほど回ったところ。何人目かのお客さんの配膳の途中で、四方八方から怒号を浴びせられる。

「ただいまお伺いいたします!松野さん、そろそろ交代しましょう」

すかさず、店長が接客のフォローに入り、俺はまた洗い場へと戻された。平日の昼ピークはこれで5回目。だが、落ち込んでいる暇もなく、山のように追加される洗い場の食器を、ひたすら洗いまくる。

13時半を過ぎるころ、ようやく人足も落ち着き、俺→杉さん→店長の順で昼休憩をとる。それから、夕方までのお客様が少ない時間だけ、俺は接客を任される。人が来なくても、醤油・ドレッシング・紙ナプキンなどのカウンターセットの補充や、テーブルや、シンク(洗い場)の掃除、など暇というわけではない。ただ、それでも昼ピーク時のような切羽詰まるような仕事は全くない。

牛丼屋のテーブルについてるマグネットの使い方

PM7:00-。

「お疲れ様でしたー」

本日の10-19(一時間休憩を挟む計8時間)シフトを終えて、店舗を出て事務所に戻った。

仕事はやりきったものの、昼ピークで接客を外されたやるせなさで、牛丼屋のアルバイト初期に感じていた達成感はわいてこない。浮かない顔で、事務所の椅子に座っていると、同じくシフトあがりのアルバイト先輩の杉さんが、見かけて声をかけてくれたので、昼ピークの接客について相談にのってもらうことにした。

「最初の頃は、お客さんの注文した商品を覚えてられるんですが、途中でどうしても曖昧になってきてー・・・食器を片付けた後、すぐその席に次のお客様が座るので、商品の提供順もわかんなくなってしまうんですよねー・・・」

接客中はとにかく間違わないように、早く出すように、とばかり考えて接客しているが、あらためて出来ないことを口してみると、なぜ出来ないかが少しづつわかってくる。ただ、何一つできていないことが再確認され、さらに情けなくなってくる。

「杉さんは、昼ピークをどうやって乗り切っているんですか?」

実は、杉さんも昼ピークに接客として対応することがあり、店長のように分身したりすることはないのだが、テキパキとオーダー・配膳をこなし、滞りなく対応できているのを見たことがある。もしかしたら、昼ピークを乗り切るコツがあるのかもしれない。

「女の勘?」

アドバイスが雑過ぎる。杉さん曰く、開店店当時はそれほど入店客は少なく、徐々に増えていったので、いつの間にか自然にこなせるようになったとか。やはり、俺のテニスと同じように長い時間費やさなければ出来ないということなのか。スポーツと違い、これは蓄積されたものではなく頭の使い方の問題だ。記憶力が悪いなら、忘れない対策をとれば良いだけ。

「定食屋みたいに伝票を牛屋で導入できないんですか?」

お客様が多すぎるて、書いてたら回らなくなるので却下。

「そう言えば、同じようなレイアウトの店で、テーブルにマグネットつけて食券挟んでました。これならー」

U字型のカウンターテーブルは裏側に設置可能だが、窓向きの席やテーブル席は、お客様側に設置することになり、落としたり、いたずらされたりするから却下。他、異物混入防止のため、スマートフォンを含む、本社から許可が下りた物以外の一切の備品を、厨房に持ち込むことが禁止されているらしい。今の所、一切の打開策はナシである。

「心配しなくていいよ。松野君が昼ピーク回せなくても。今まで三人で回せてきたんだし」

ここにきて衝撃の事実。前々から他の従業員の姿が見当たらないと思っていたが、ウシハマ店には本当に俺を含めた四人しか働いていないらしい。どうやら、アルバイトが入っても、昼ピークを経験した後、無理だといって辞めていってしまうらしい。つまり、俺は店長の残像一騎分の戦力としかみなされていないらしい。これはこれで、かなりショックである。

「相談にのってくれて、ありがとうございました。お先に失礼します」

「あれ?今日も従食食べて行かないの?」

友人を待たせているからと、俺はそそくさと事務所をあとにした。本当はすごく牛丼が食べたい。だが、こんな不完全燃焼のまま牛丼を食べてもきっと美味くない。

「よう!バイトお疲れ様!今日のデートどこ行く?」

店舗裏で待ち合わせしていた好屋が、ふざけながら手をふっていた。今夜はこれから二人でデートー・・・ではない。勝手な想像を膨らませないよう、ご注意いただきたい。俺たちは、ここ数日前からある目的で、ウシハマ駅周辺を散策している。

「今夜も付き合ってもらうぜ!」

自分から誤解を招く発言していると気づかず、俺たちは夜の街へ消えていった。

©武誰応志 / USHIYA
オリジナルWeb漫画『牛屋の店長!』