牛丼屋の駅前の出店事情(漫画 第23話)

牛丼屋は南口にあります
ご来店ありがとうございます
おもてなし
牛丼の大盛カレーに変更
カレーじゃなくて牛丼に変更

目次(小説)

牛丼屋は駅付近にあることが多い

牛屋を後にした俺は、重大なことに気が付いた。

「従食食べ忘れたー・・・」

そう。吉の行動に気を取られ、あろうことが一番大事な従食を食べるのを忘れていた。タイムカードを押し、着替えまで済まして店を出た俺には、もう従食を食べる権利はない。かといって、一般客として牛屋で食べに行くのも、何かと詮索されそうで面倒だ。

コンビニに立ち寄るも、目ぼしい弁当はすでに売切れ、牛丼屋の仕事に疲弊した身体を満足させてくれそうにない。俺は仕方なくウシハマ駅付近に戻り、駅向こうの北口飲食街へと足を運ぶことにした。

牛屋がある南口は、どちらかというとアパートや一軒家が多い住宅街。一方北口は飲食店・飲み屋やゲームセンター、もう少し向こうにはあまり縁のないキャバクラやホストクラブといった夜のお店が並んでいる。

以前、接客のヒントを探すためこの辺りを食べ歩いた時に、いくつか手ごろにがっつり食べれる店も開拓していた。ただ、夜になると先程いったように、客引きの怖い人や、何かカタコトの日本語を話す外国籍の方が所々にいて正直なところあまり治安はとくないように感じる。自分に向けられるキャッチの言葉を聞こえないふりをして、一目散に目的の店『牛浜そば』を目指していった。

「おい!兄ちゃん!聞こえてるんだろ!無視すんなコラア!」

しかし、残念なことについに俺は一番関わりたくない人種につかまってしまった。これ以上シカトを続けると、本当に何をされるか分からないので、立ち止まって恐る恐る後ろを振り返った。

大きなサングラスをかけた白スーツの金髪の男の後ろに、いかにもホストですといったような佇まいの男たちと、なぜか短ランとリーゼントの男がそこにいた。

「牛屋って牛丼屋知らないか?この辺にあるはずなんだけど?」

牛屋は先程説明したとおり、駅の逆側の降り口の方だ。出てすぐの所にあるのだが、土地勘のない人にはわからないようだ。お客様だろうか?確かに以前、店長から深夜帯は夜のお店の人の来店があるとは聞いていたが・・・。

道案内を頼まれるのも怖いので、俺は軽くウシハマ駅の南口を出てすぐとだけ伝えてそそくさとその場を立ち去った。男たちは牛屋の場所がわかれば俺には関心はないようで「サンキュ」とだけ言って、駅の方に向かっていった。

「きっとヒロシはそこだー・・・行くぞ」

去り際に呟いた言葉がなぜか耳に残った。それから目的地の蕎麦屋までは、何もイベントは起きずに順調に辿り着けた。俺は迷わずこの店のお得なセットメニュー『かけそば+おにぎりセット五百円』を注文する。セルフサービスの刻みネギと揚げ玉を山盛りにしてかさましをすれば、充分に満腹感が得られる。

実は牛丼屋でも数年前に期間限定で蕎麦のメニューも存在していたらしい。理由はわからないが、それ以降一度も復刻されたことはないようだが、蕎麦好きの自分としては、是非ともまたメニューに加えて欲しいものだ。

一口、二口と蕎麦をすするうちに、ようやく空腹で働いていなかった脳が少しづつ動いてきて、忘れかけてた先程の統一感のないホストらしき集団のことを思い返した。少し前までは「関わりたくないな」という気持ちだけだったが、時間が経つにつれて「場所を教えて大丈夫だったか」といった心配へと変わっていった。そして、去り際の言葉を思い出しその心配は確証に変わる。

「『ヒロシ』ってー・・・吉大(よしひろし)のことか?」

俺は慌てて残りの蕎麦とおにぎりをかき込み、蕎麦屋を後にした。

深夜の牛丼屋には夜のお店の人が来ることが多い

深夜2時ー。

オレは一回目の休憩をおえて、ポスレジのタイムカードから『吉大』を休憩中から出勤に戻した。

「おかえりなさい。吉さん。しっかり休憩できましたか?」

先に休憩を終え、食材の在庫チェックを行っていた店長が100万ドルの笑顔でむかえてくれた。

オレは以前この店で暴れ、この人に大怪我をさせてしまったことがある。理由は簡単だ。ただ、むしゃくしゃしていたから。傷害で捕まってもいい。目の前のお気楽に笑っている奴の笑顔を歪ませてやりたかった。

だが、彼から笑顔が消えることはなかった。血まみれになっても、笑顔で俺を救ってくれた。笑顔でまた「ここに来ていい」と言ってくれた。社交辞令かもしれない。でも、その言葉に甘えるようにそれからも何度もこの店に訪れるようになった。

牛丼屋の仕事はいたってシンプルだ。食券を受け取り、商品を提供する。オレが今働いている仕事と違い、お客様と関わる時間はほんの一瞬だ。だからこそなのか、その一瞬たりともお客様が不快に思われないよう、あの店長は常に笑顔でいるのだろう。牛丼が美味しいからか、彼の笑顔につられてなのか、この店にいる人達は皆笑顔で食事をしているようだった。

何度目かの来店の際に、彼がこの深夜の時間帯全てに出勤していることに気が付いた。それどころか、日勤からそのまま深夜、そして朝まで働いている時もあるようだった。深刻な人手不足なのかもしれない。オレはせめてもの罪滅ぼしと思い、この牛丼屋の牛屋の深夜の時間帯のメンバーとしてアルバイトを始めることにした。

「さて、そろそろお客様が来る頃ですかね?肉煮の補充を始めましょうか」

そう言うと店長は解凍した肉と、レンジで温めた大量の玉葱を、巨大な鍋で煮始めた。時間は深夜2時半。誰もが寝静まる時間だが、この時間でも通常運転で働いている人達がいる。いわゆるキャバクラやホストクラブなどの『夜のお仕事』の人達だ。ウシハマ駅の北口にはそういったお店が多く、仕事帰りに24時間営業の飲食店を探し夜食を食べにいく。

数日前の自分もそうであった。ただ、オレは少しでも同僚・同業者の連中と顔を合わせたくなかったので、わざわざ何駅を歩いて職場から離れた店を選ぶことが多かったが・・・

「ここが牛屋か?おいおい、本当にただの牛丼屋じゃないか?ヒロシ!お客様のご来店だぞ!秒でお出迎えしろって教えなかったか?」

聞きなれた声にオレの背筋は凍り付いた。

食券を買い間違えた場合は、店員さんに言えば変更してもらえる

白のブランドスーツと身に着けた高級な貴金属以上に、その業界の人間でなくても感じるオーラをまとった人が、数十人のホストを連れてぞくぞくと店に足を踏み入れた。一人短ランとリーゼントの味のあるヤツがあいつもホストなのだろうか?

「おお!今日は大勢のご来店ですね!ところで、吉さんのお名前をご存じのようですが、お知り合いでしょうか?」

知り合いも何も、この業界では知らない人はいない。ホストクラブ『妖精&緑色人(ピクシー&ゴブリン※略してピクリン)』のナンバー1ホスト兼オーナーのGENGOROUー・・・オレの元上司で、学生の頃から付き合いのある先輩だ。最近は海外出張も多く、上客の来るとき以外はほとんど店に現れることはなかったのだがなぜ今ここにー・・・?

「ヒロシ、今日はたっぷりおもてなししてもらうぞ。俺様の店を勝手に辞めたこと、後悔させてやるからな!」

そう言って彼が指を鳴らすと、後ろの連中が一斉に席に座り、食券を高々と上げて商品の要求を始めた。GENGOROUの登場に気を取られている間に、食券の購入を済ませていたらしい。なんて律儀な。

「おい!牛丼は注文したら、10秒で持ってくるのが基本だろ?」

「お冷も出ねえのか!『ホストを軽視する店』って言いふらすぞコラア!」

席の至る所から罵声が響き渡る。GENGOROUが来た理由はわからないが、このままでは他のお客様が来た時に多大な迷惑がかかり深刻な状態だ。だが、この人数を相手にお冷を出すだけでも時間がかかる。

「大丈夫です。一瞬でご対応いたします」

そう言うと、店長の身体が一瞬青白く光り、無数の彼の残像が現れあっという間に全席にお冷を提供した。店長の特殊能力『質量のある残像(ア・ロット・オブ・スマイル)』。オレも流石に初見は驚いたが、高速で突っ込んでくるトラックを素手で止めれる人なら、この位できるのではと納得してしまう。

それでも相当の体力を使ってしまうとのことなので、自分も加勢して少しでも負担を軽減できるよう、覚えたてのグリドルメニュー『牛焼肉定食』『豚生姜焼き定食』の調理を始めた。

接客を始めてから10分が経過し、異変に気が付いた。厨房前のカウンターには提供されていない商品であふれていた。一体何が?疑問に思っていると、接客をおえた店長ーもしくは残像がお盆に手付かずの商品を持って戻ってきた。

「牛丼大盛ー・・トマリで、牛焼肉丼特盛にナオリです」

『トマリ』『ナオリ』は、商品変更があったときの言い回しで、その言葉の通りトマリは『止まり』、ナオリは『直り』を意味する。つまり「牛丼大盛の注文は停止して、焼肉丼特盛に直してください」ということだ。

牛屋は牛丼屋の中でも券売機でオーダーを取る店なので、ごくたまになのだが、ボタンの押し間違いなどの理由で商品の変更をお願いされることがある。なので、必ず食券を受け取る際に、商品の確認を取るのが鉄則だ。だが、今回は違う。お冷を出す際に商品確認をしたのに、商品を提供する直前で商品の変更を申しだされたのだ。

「どんな理由であれお客様が望むのであれば、それに応えるのが接客業だろ?それとも客が食べたくないものこの店は出すのか?」

一度下げた商品は、同じ商品であれ他のお客様に使いまわしたりしてはいけない。戻されたこの無数の料理は全て破棄しなけらばならない。これは明かな営業妨害だ。本当ならば今すぐ通報すべき事態だ。

だが、相手はあのGENGOROUー。

自分がトップに立つためなら、どんな手段も選ばない。仲間を裏切り、競合店を潰し、邪魔になる全てのものを排除してきた。そんな彼がこの店に来たということはー・・・

オレは覚悟を決めて混沌とした渦中のなかで、一人冷ややかに笑う男の前に対峙した。

「やめてください、源さんー。標的は自分のはずー・・・。ケジメはつけます。指つめでも何でもしますんで、これ以上店に迷惑はかけないでください」

そう、報復だ。古風だがアウトローの世界で生きてきたものが、表の世界に生きるためにはそれなりの代償が必要だ。散々汚れ仕事をしてきて、自分だけ綺麗な世界で生きて行こうなんてのは虫のいい話なのだ。

店内を見渡した。店長は今も丁寧に手付かずの商品の返品と接客に追われている。店長の手助けをするためにバイトを始めたのに、結局最後に多大な迷惑をかけてしまったことが悔やまれた。

©武誰応志 / USHIYA
オリジナルWeb漫画『牛屋の店長!』