牛丼屋の店長の安全配慮義務(漫画 第25話)

労働契約法第五条
五分で料理出せ
三分もお待たせすることお許しください
豚丼トマリで牛丼にナオリ

目次(小説)

  1. 労働契約法第五条「使用者は労働者の安全確保の配慮を!」
  2. 牛丼屋の提供スピードは伊達じゃない!
  3. 接客・調理・補助のコンビネーション

労働契約法第五条「使用者は労働者の安全確保の配慮を!」

「ちょっと待ったあああ!!!」

黒服と謎のマッチョ集団の合戦の間に、果敢に割って入る勇敢な青年が現れた。彼の名は松野謙信。そう、俺だ。音速の速さでユニフォームに着替え、俺は再び戦場一歩手前の牛屋ウシハマ店に舞い戻ってきた。

だが、怒りに我を忘れたタケダ店長の筋肉は、依然はち切れんばかりにパンパンに膨張していた。誰も今の店長を止めることは出来ないー・・・だがそれは腕力など物理的にはだ。

「労働契約法第五条!要約!使用者は労働者の安全を確保するよう配慮しなければならない!この状況は、俺にとって安全な状態とは言えません!店長!今すぐ臨戦態勢を解除してください」

声の大きさには人一倍自信がある。喧噪とした店舗の中でも、俺が発した一声はそれだけでも場の空気に水を差すだけの効果はあった。これまで一緒に働いてきて、店長が俺を含めたアルバイト従業員を、とても大切にしていることはひしひしと感じていた。そんな従業員を危険な状態に晒してしまうことは、彼にとって望んでいる状態ではないはずだ。

彼の怒りが静まっていくのが目に見えてわかるように、膨張した筋肉は通常の状態に戻り(それでも十分いい体だが)後ろの無数のマッチョキノコを通常の大きさ(エリンギよりは大きい)姿へと戻っていった。

『労働契約法』。俺が通う丑球磨経済大学は、経済学・経営学といった講義以外に、就業にまつわる法律を学ぶ現代法学という講義がある。俺が受けていた講義は「現代法・基礎」という講義で、単位のために仕方なく受講していた授業だったが、まさかこんな所で役に立つとは思わなかった。

だが、事態はまだ店長の怒りが静まっただけで好転はしていない。当然のごとく、店長の方に向けられていた白服&黒服たちの視線は俺へと向けられた。ここで「なんだ?君は?」とか言ってくれたら、今の人には絶対に伝わらないであろう、一発ネタをかましてやりたいところだが。

俺は黒服の輩の中心に立つ、今回の首謀者と思われる男の前に立った。この男と面と向かって話すのは、駅前で話しかけされた数十分ぶりである。あの時感じた、夜の仕事の人達特有の怖さはなくなっていた。正直、鬼の形相(顔は変わっていないが)の店長が100倍怖かった。俺は自分でも驚くぐらい冷静な気持ちで、一世一代の大博打を試みた。

牛丼屋の提供スピードは伊達じゃない!

「乱闘騒ぎなんて足がつくじゃないですか?もっと今風にいきましょうよ。実は前からこの店には不満がありましてね。ちょっと機会を狙ってたんですよ。」

悪代官にこっそり耳打ちする越後屋のごとく、俺は金髪ホストに耳打ちをした。

「今の時代炎上っすよ!炎上!『五分でここにいる全員の料理をだせ』とか無理な条件出して、そこからSNSでLIVE配信してー・・・それから五分後に『約束の時間だぞ』ってクレームだせば、あんたらは嘘を言ってないし、店の評判はガタ落ち!俺もいままで受けてた鬱憤をはらせるってわけですよ」

店内はほぼ満席。ざっと30人以上いる。単純計算で1分で一人の料理を出しても、30分以上はかかる。普通に考えれば5分で全員なんて無理だと思うはずだ。あとは、乗るかそるかだがー・・・

「面白れえじゃねえか!乗ってやるぜ!三分だ!三分でここにいる全員の料理を持ってこい!今から配信スタートだ!」

さりげなく三分に減らされてやがるー・・・だがー・・・計算通り!

「お客様ー・・・・」

「三分もお待たせすることを、お許しください」

ー・・・取って置きの決め台詞を、キノコに取られた。

そう。これは普通のファミレスでは絶対に間に合わない条件。だが、ここは早い・安い・美味い!が実現する牛丼屋。反撃開始だ!

牛丼屋の接客・調理・補助のコンビネーション

「オイ!松野、一体どういうことか説明しろよ」

厨房に戻ると不安そうにかまえる店長と吉が待っていた。

タイムリミットまで2分50秒

当然、本当にSNSでの炎上なんて狙っていない。俺は体を動かしながら、これからの作戦を説明した。

1.松野(接客)オーダーを取り商品の変更の有無を確定させる(1分以内)

今回のトラブルは、何度もお客様のメニューチェンジを受けてしまったのが原因だ。口約束では後からいくらでも引っ繰り返せるので、食券にメモを残してお客様の言質をとり、これ以上メニュー変更が出来ないようにした。

2.タケダ店長(調理+接客)牛丼・カレーなどのクイックメニューをつくって作って出す(5秒×20=1分40秒)

牛丼の肉煮の盛付けは技術のいる作業だが、熟練の人が行えば数秒で作ることができる。作った牛丼&カレーを次々に店長の残像に運ばせれば、短時間に大勢のお客様に料理を提供できる。

3.吉(調理)グリドル(鉄板)メニューをひたすら作る(1分20秒※店長と同時進行)

牛丼屋には牛丼以外に焼肉定食やハンバーグといった定食メニューがある。ハンバーグは一度グリドルで焼き上げたものを、レンジで再加熱する作業になるが、焼肉定食は生肉から焼くので時間がかかる。1人前づつでは到底間に合わないので、一気に5~6人分の肉を鉄板で焼き、焼きあがった順に皿に移し、
生野菜などの盛付けと商品提供は、俺と店長の残像で分担して運ぶ。

4.マッシュ(接客)お冷の常時提供

接客で意外と時間をとられるのが、突然お冷を要求されることだ。カウンターテーブルにピッチャー(水差し)を用意していても、お客様の席から微妙に離れていて手に届かなかったり、またピッチャーがいつの間にか空になってしまっていたりと、頻繁におかわりを要求される。ピーク時には「お冷タイム」としてピッチャーをもって、店内のお客様のコップのお冷の空き具合を確認しながら、おかわりの確認をとる時間があるくらい、このお冷の対応は重要なのだ。

牛丼屋は少ないシフトで、大勢のお客様に対応するため、調理・接客・補助がそれぞれ互いに助け合いながら作業することによって、早い・安い・美味い!を実現させているのだ。

©武誰応志 / USHIYA
オリジナルWeb漫画『牛屋の店長!』