牛丼屋の自動ご飯よそい機の使い方
「牛丼屋の自動ご飯よそい機の使い方:第十九話」「牛丼の作り方 – 熟練者の技術と盛付け方:第二十話」を動画で見る
目次(小説)
牛丼屋の牛丼作りは最重要業務
アルバイト開始から三ヶ月後ー。
「ありがとうございました!またご利用くださいませ!」
俺は店を出る最後のお客様を見送った後、小さくガッツポーズをとった。
「よっしゃー!今日も昼ピークフォローなし!」
最初はあまりの来店数に面食らった昼ピークの接客だが、場数を踏むことで身体が覚え、数日前から店長のフォローなしで乗り切ることができるようになった。時刻は午後1時半。普段ではそろそろ昼休憩を回す頃。牛丼屋のアルバイトでは、原則4時間勤務につき30分休憩を1回、8時間の場合は2回休憩を入れる。俺→杉さん→店長の順で休憩に入り、どちらかの休憩で昼食の従食を食べることになっている。
いつも通りなら、そろそろ杉さんが俺の従食のメニューを聞きにきてくれるはずなのだが、なにやら厨房でこちらを見ながら店長とこそこそ話したあと、こちらに近づいてきた。何だ?完璧に接客できたと思ったが、やはり何かミスったのか?
「松野くん。今日、大人の階段のぼってみちゃう?」
想像もしていない発言と妙に色っぽい目線。まさかと思う反面、絶対期待通りの言葉じゃないな、という感情が同時に脳裏に浮かぶ。そして当然後者が正解。俺の両手にはいつの間にか、空の丼ぶりとしゃもじが持たされていた。
「やってみよー!いってみよー!」
大昔の子供番組の真似をしているのか、杉さんとマッシュが高々と拳をあげて叫んでいる。しかし逆である。しかもそれ、カタカナにするとマズイやつ・・・・。呆けている俺に後ろから店長が声をかけてきた。
「先ほどの昼ピークの接客、すばらしい対応でした。接客業務は習得とみなし次のステップに移ります。少し早いですが、松野さんには牛屋の最重要業務である『牛丼の作り方』を習得してもらいます」
『最重要業務』という言葉で、それまで浮かれていた頭が一瞬にして冷める。それと同時に、今まで常に疑問に思っていた、牛丼の提供スピードの速さの謎が明らかになるー・・・
牛丼屋の牛丼作りは一瞬の出来事
「これから、牛丼の作り方を伝授します。実際に杉さんが作り方を見せますので、覚えてください」
牛丼用の大鍋は厨房のちょうど真ん中ぐらいに設置され、調理時以外はは異物混入を防ぐため蓋が閉められている。杉さんが蓋を開けると、そこには牛丼用の肉煮が大量に煮込まれていた。手前にあるやや大きな穴あきのお玉で、この肉煮をすくうようなのだが、その前にそれより小さな穴の空いていないお玉で何やら上澄みをすくっていた。これは何の意味があるのだろう?
あれこれ頭を巡らせている間に、杉さんはいよいよ穴あきのお玉を肉鍋に入れ、小刻みに手首を動かした。お玉を鍋から上げると汁が滴り落ちるが、迷いなくそれを逆の手に持った丼に近づけ、一瞬でご飯の上に盛り付けた。お玉からするりとご飯の上に落ちた肉煮は、丼の淵に一滴も汁をたらさず、まるであたかも最初からその姿で存在していたかのように『牛丼』として彼女の手に顕現していた。
「以上です。トプッとお玉を入れて、スッと持ち上げて、シャッと盛り付ける感じで」
!?ちょっと待て。俺は大好きな少年漫画の奥義の習得の場面と、伝説のプロ野球の監督が脳裏をよぎった。
牛丼屋の飯盛り機の使い方
「擬音語ばっかりじゃないですか!もっと丁寧に教えてあげないと、わかるわけないでしょう!」
俺の腰あたしから怒り狂うキノコの声が聞こえた。ありがとう。よくぞ言ってくれた。前々から思うのだが、店長を含め、アルバイトの先輩の杉さんも教えるのがどうも苦手なようだ。
今時の若者は、新しくすることに対して完璧な説明を求める傾向がある。俺も例によってそれに当てはまってしまうのだが、牛丼屋でアルバイトを始めて、どうやらそれではこの先やっていけないのではないかと気づき始めた。
「すみません。俺もちょっとわからなくて・・・もう一度教えてもらってもいいでしょうか?」
聞くは一瞬の恥、聞かぬは一生の恥。聞きすぎるのはそれはそれで恥。泣きの一回で、もう一度実演をお願いしてみた。
「そうですね。ちょうど今、牛丼の注文が入ったようですし。では、今度は『飯盛り機』の使い方から始めましょうか」
店長の目線の方をみると、掌より少し大きなモニターがあり、そこには『牛丼並盛』のアイコンが二つ並んでいた。ポスレジというシステムで、券売機で買った商品はこのモニターに表示され、接客者より先にオーダーが確認できる仕組みになっているらしい。肉鍋の横には見慣れない白くてやや大きめの機械が置いてあり、これが先程話のあった『飯盛り機』らしい。
「窯からしゃもじで盛る店舗もありますが、ウシハマ店のような来店数が多い店舗は、この飯盛り機でご飯を盛ります。ボタンを押すだけで、機械の中でご飯をほぐしてご飯を盛ってくれます。ご飯の量はボタンによって並盛・大盛・特盛と変更できます。」
店長がそう説明して飯盛り機の『並』のボタンを押すと、下のトレーに置いた丼ぶりの中にご飯がボボボと音を立てて盛られていく。縁日などでよく見かけるかき氷機によく似ていたが、まさかそれのご飯バージョンのものがあったとは。
ご飯が盛り終わったら、牛丼の具が綺麗に乗るよう、しゃもじで少し平らにする。
「それでは、今度は段階を追って、牛丼の盛付け方を説明しますね」
盛付けは一瞬であることは、前もって理解できている。その一瞬を目に焼き付けるよう、俺は意識を杉さんの手元に集中した。
杉さん腕細いなー・・・
著者情報
ペンネーム:たけだおうし
職業:Webデザイナー・ディレクター
職歴:牛丼屋の正社員→広告会社→Webコンサル(現在)
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